研究内容
新しい材料を生み出すために普遍的な原理を見極める
金属材料は、肉眼で見ると無表情で均質に見えますが、顕微鏡で観察すると、実に多様な下部構造「組織(microstructure)」を持っていることがわかります。この「組織」と呼ばれる構造は、金属材料の特性を支配する極めて重要な要素であり、用途に応じて適切に制御することが求められます。組織と特性の関係を研究することは金属材料研究の王道と言えます。
その組織を「形や変形の幾何学」から見つめなおすと,秩序と強さの新しい関係が見えてきます.その輪郭を数理的に捉え,実験を通じてその仕組みを明らかにし、材料設計に繋げるのが私たちのアプローチです.
形状記憶合金,鉄鋼,マグネシウム合金などを対象に,相変態や塑性変形によって形成される組織の幾何学的秩序を,変形勾配とその接続関係によって記述し,それが材料の強度や機能性にどのように関わるかを調べます.EBSD,TEM,DICなどの観察技術や種々の特性評価実験も用いて,理論と実験の両面から材料設計原理を構築します.
紹介動画
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- 冒頭〜22:50:金属材料の組織と強度について(金属分野外の人向け)
- 22:50〜最後:稲邑研での研究概要(超長寿命形状記憶合金、マグネシウム合金)
📺 変形の連続性に基づくミクロ組織の幾何と材料設計(YouTube)
研究成果
超長寿命形状記憶合金の開発 〜医療・省エネ・便利を支えるスマートマテリアル
形状記憶合金という金属は,一度変形しても温めると元の形に戻る,金属なのにゴムのように変形できるという特別な性質を持っています.この性質を活かして,医療の現場などでたくさん使われています.
ですが,くり返し使っているうちに少しずつ性能が落ちてしまうという問題がありました.その原因の一つが,材料の中に「転位」と呼ばれる格子欠陥がたまってしまうことです.
私たちは,この「転位」が全く形成しないような非常に整合性が高い内部構造をつくることが可能であることを数学的に証明し,「Triplet Condition」という新しいルール(相変態前後の格子定数に課せられる条件)を見つけました.
この発見をきっかけに,これまでにない長持ちする合金を企業と一緒になって開発しています(日本,米国,EU,韓国で特許取得済み).医療や環境の分野に役立つような,新しい技術や製品につながることを目指しています.

Triplet Conditionを満足すると整合な界面だけから構成される特異なドメイン構造が出現する
マグネシウム合金の強化機構 〜究極の軽量金属材料のために
マグネシウム合金は、とても軽くて丈夫な金属で、車や飛行機などの軽量化技術に役立つ材料として注目されています.
なかでも「長周期積層構造(LPSO構造)」という特別な原子配列を持つマグネシウム合金は、「キンク変形」と呼ばれる折れ曲がるような変形をすることで、とても強い金属材料になります.でも,なぜそんなに強くなるのかはまだよくわかっていません.
私たちは,このマグネシウム合金において、「変形のつながり方」が鍵になっていて、それが結晶のすべりを制限することで,材料の強化につながっていることを明らかにしようとしています.
また,変形に伴い形成する「回位」という転位の”従兄弟”のような格子欠陥が材料の強さに関係していること、キンク組織の接続様式が結晶のすべり変形の自由度を制限する一因となっていることについても,実験と理論の両方を使って調べています.
私たちは,こうした新しい強化原理を明らかにして、より強くて壊れにくいマグネシウム合金の実用化や、新しい高強度材料の開発につなげたいと考えています.
3種のキンク形態とLPSO-Mg合金に形成されたキンク集合体

リッジキンクの先端には必ず楔回位が形成され変形組織の形成と強化に関与する
鉄鋼のマルテンサイトバリアント選択則 〜未来の高強度鋼のために
未来の人類社会を支える高強度鋼をつくるためには、鉄の中にできる「ラスマルテンサイト組織」という細かな相変態組織を今まで以上にコントロールすることが大切です.
この組織は、小さな結晶(マルテンサイト変態でできる結晶)がどのようにつながるか,つまり「どの結晶どうしが仲良くつながるか」によって形づくられます.このルールは「バリアント結合則」と呼ばれています.
私たちは、この結晶どうしのつながりのルールを、幾何学的に整理し直すことで、「ラスマルテンサイトの構造がなぜその大きさ・形になるのか」を説明できる新しい理論をつくっています.
同時に、実験観察を通して、実際にどのような構造が形成されているのかを確認し、この理論が現実の材料のふるまいをきちんと説明できているかを確かめています.
この研究は鉄鋼メーカーとの共同研究として進めていて、将来的には、より強く、壊れにくく、使いやすい鋼をつくるための新しい技術につながると考えています.