研究内容
稲邑研究室は,変形や組織の幾何学と実験を融合させた独自のアプローチで,金属材料の新しい可能性を切り拓きます.材料科学への情熱を持つ皆さんと共に,新しい知見を生み出し,未来社会を支える研究に挑戦したいと考えています.興味をお持ちの方はぜひ気軽にご連絡ください!
1.超長寿命形状記憶合金の開発
形状記憶合金は,変形しても加熱すれば元の形状に戻る特性を持つ金属で,低侵襲医療などで広く使われています.しかし,繰り返し使用すると性能が劣化しやすいという課題があります.私たちは,機能劣化をもたらす転位が全く発生しない特殊な内部組織を実現するための「Triplet Condition」と呼ばれる新しい幾何学的条件を発見しました.この知見をもとに,超長寿命化原理を提唱すると共に,耐久性を大幅に向上させた新合金を産学共同開発しています.医療技術や環境技術の発展,新奇製品の創出を目指した研究です.

日経サイエンス 2013年11月号掲載

Triplet Conditionを満足すると整合な界面だけから構成される特異なドメイン構造が出現する
2.キンクと回位 ―マグネシウム合金の強化機構の黒幕―
マグネシウム合金は,比強度の高さから次世代の軽量化技術を支える重要な材料として注目されています.特に,長周期積層構造を持つマグネシウム合金は,キンク変形によって形成される特異な組織が極めて高い強度をもたらすことが知られています.しかし,その強化メカニズムは未だ十分に解明されていません.私たちは,マグネシウム合金のように塑性変形モードが限定的な材料において,変形の連続性がもたらす拘束状態が強化機構として機能することを明らかにしつつあります.この研究では,キンク変形に伴う「回位」と呼ばれる格子欠陥が強度向上に寄与すること,さらにキンク組織がなぜすべり変形を妨げる障害物となるのかを,理論と実験の両面から解明します.私たちは,これらの知見を基に,キンク組織がもたらす強化機構の全貌を明らかにすることに挑戦しています.
3種のキンク形態とLPSO-Mg合金に形成されたキンク集合体

リッジキンクの先端には必ず楔回位が形成され変形組織の形成と強化に関与する
3.鉄鋼のマルテンサイトバリアント選択則
社会基盤や環境技術に貢献する次世代高強度鋼を開発するためには,ラスマルテンサイト組織を従来以上に制御する技術が求められています.この制御を実現するためには,特定のマルテンサイト晶同士が結合する性質「バリアント結合則」を理解し,ラス組織形成の原理を明確化することが不可欠です.私たちは,バリアント結合で生じる幾何学的不適合性に基づいてバリアント結合則を統一的に捉える理論的枠組みを構築し,それに基づき,ある種のバリアント結合が,ラスマルテンサイト組織の階層構造のスケールを決めていることを明らかにしつつあります.この研究は鉄鋼メーカーと共同で進めており,未来の社会を支える高強度鋼のために,さらなる技術革新を実現することを目指しています.